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「夏 永遠に」―オリジナルに忠実であることとは何か

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『Gの洗礼』を大転換!

【アルバムからサントラへ大転換。このトレードマークはどこで使われる?】 お詫びとご報告。2017年より制作し続けてきたアルバム『Gの洗礼』をこの度大転換し、因数分解いたします。因数分解するというのは、制作した個々の曲をそれぞれの持ち分として分けるということで、『Gの洗礼』で作ってきた曲のほとんどは、今度新しく自主制作する短篇映画のサントラとして組み込むことになりました。こうした「アルバムという形式ではなくなる」という突然の事態と変更につきまして、まずはお詫びしたいと思います。誠に申し訳ありません。 ただ、今度創ることになる短篇映画の中で、これらの曲が、全体のアンサンブルとして醸し出す雰囲気の重要な役割として発揮してくれるのではないかということを想像しています。この映画の中には、“アヒル”が複数登場します(!?)が、そのうちの一人の名がマルティン・グシンデ。その他の“アヒル”達は時折、先住民セルクナム族のいわゆる「縞と斑の祭典」の振る舞いをするのではないか、ということを敢えて示唆しておきます。 【セルクナム族の魂は曲の中に残る】 まだはっきりと中身は決まっていませんが、要するにこの映画作品の中に、“Gの洗礼”のテーマなりコンセプトが(ある意味において)入り込んできます。そしてもしかすると、制作した曲は、アルバムという形式よりも今回の映画作品の方がずっと、“水を得たように”、活き活きとしてくるのではないかとも思うのです。 現段階ではまだまだ流動的なので、話はこれくらいにしておきますが、映画に関する詳しい情報は、今後、プレミアム・サイト [Dodidn* Premium] をご覧いただければと思います。

作曲はクワモトさん―「ベーシックマガジンのテーマ」

【名機PC-6001のサウンドが楽しめる「ベーシックマガジンのテーマ」】 在りし日の8ビット・パソコンNEC PC-6001でプログラミングした 「ベーシックマガジンのテーマ」 をアップ。無料配信しています。 ホームページ には、詳しくこの曲をアップした“経緯”について書いています。プログラムを打ち込んで保存しておいたのは小学生の時。10年以上経ってからそれを懐かしく思い出してロードし、デジタル録音したのは1997年頃のこと。この頃、既に私は20代でしたが、いっさい曲名以外の情報を忘れてしまっており、作曲者は誰なのか、その雑誌の何年何月号に掲載されていたプログラムなのかさえまったく憶えておらず、今回この曲をアップするまで、不明なままでした。 ところが、この曲をアップしたところ、ツイッターにて数名の方々から詳しい情報をいただきました。そうしてこれまで不明だったことがほとんど明らかとなり、私自身とても驚いています。情報を提供していただいた方々には、深くお礼申し上げます。 § 【プログラムが掲載されていた『マイコンBASIC Magazine』1983年10月号】 本当に長い間、私の中では謎のままであったことがすっかり解けて、目から鱗が落ちたわけです。まず雑誌について先に申し上げると、『マイコンBASIC Magazine』(電波新聞社)の“1983年10月号”だということが判明しました。そして作曲者は桑本伸広さん(当時なんと18歳?!)だということも分かり、掲載されていたページというのは、企画連載モノの“津久井ひろしのComputer Soundコーナー”で、3ページにわたり、 「ベーシックマガジンのテーマ」 について解説してありました。 実は私、さっそくこの号の現物を入手することができました。稀少なこの号をいま入手できたのはかなりラッキーだったと思っています。そうして確かに、 「ベーシックマガジンのテーマ」 はこのページに記載してあるプログラムを打ち込んだものであった――ことを確認し、あらためて懐かしい思いが込み上げてきました。私はあの頃(小学5年生)、この本を買って読み、この曲のプログラムを打ち込んだのでした。 ちなみに、作曲者兼プログラマーの桑本さんはこの曲のタイトルを「BASIC MAGAZINのテーマ」としていたことが分かりました。ですが、今回の曲のプロデュー

ケメンチェのメロディ―「郷愁と彼方の非線形」

【Pro Toolsでミキシングされた7パート】 公開しているシングル 「郷愁と彼方の非線形」 のレコーディングとミキシングについて解説します。  前回の 「『郷愁と彼方の非線形』―TR-08を使ったリズム」 で書いたとおり、この曲はRoland TR-08で打ち込んだリズムにYAMAHA MOXF6シンセサイザーの音色6パートを加えた計7パートによる6分弱のインストゥルメンタルで、この曲の印象的なメロディ・ラインとなっているパート“Kemence”とそれに付加された残響によって美麗に仕上げたものです。少し東洋的な雰囲気があるのは、まさに私が入手した貴重なガラス乾板に刻印されていた、被写体の人物のモチーフがそのまま投影されたからと言っていいでしょう。 【ミキシングで使用したCLA MixHub】 基礎となるTR-08のリズムに対し、ドローン的なパートをいくつかダビング。その後、メロディを付けようということで、MOXF6のプリセット音色の“Kemence”を選び、即興的にメロディを演奏したわけですが、後で調べてみると、“Kemence”とは、西アジアのトルコなどに伝わる民族楽器のケメンチェのこと。 実際にはもっと低いオクターブで弾く擦弦楽器です。が、どこの民族楽器であるかも関係なく、かまわずこの音色を選び、すぐさまレコーディングに取り掛かった次第なので、黒海や地中海に面した国々が共有する優雅な民族楽器=ケメンチェの音色を使ったと意識したものではありません。したがって今回の場合、ケメンチェによるメロディ――と言うには多少引け目があり、後付けの理屈ということになります。しかし、その伸びやかな音色=ケメンチェが、このメロディ・ラインに見事に合っているということは、確かに言えると思います。 § 【メロディにダブリング効果を与えたReel ADT】 さて今回のミキシングではちょっと実験的に、WavesのプラグインCLA MixHubを使ってみました。もうこれはどう見ても、アナログ・コンソールのSSL 4000Eであると断言してしまって構わないチャンネル・ストリップです。 本来の用途としては、あくまでミックスハブなので、複数のパートを一面で処理するためのプラグインであり、そういう使い方をするべきなのですが、今回はプラグインの音質をチェックする実験的試みとして、それぞれのパートにこ

「郷愁と彼方の非線形」―TR-08を使ったリズム

【Roland Boutique TR-08】 誰も関心を持たないガラス製の乾板写真(明治の頃と思われる、縁も所縁もない家族の肖像写真)を2年前に入手して、その半年後くらいにまた別の家族の乾板(数枚分)を入手してから、その乾板はずっと保管されたまま開封していませんでした。スマートフォンに内蔵されているデジタル・カメラが今日の主流となっている時に、古いガラス乾板の「像景美」に食指を伸ばすとは、いくらカメラ好きとは言え、我ながら些か物好きにも程があると言わざるを得ません。 数日前のこと。いよいよ放置していたこのガラス乾板を開封して、2年前と同様、デジタル・スキャンしようと企てたのですが、準備の最中、ぼんやりと目にした家族の肖像らしきものにすっかり愛着を感じ、いっそのこと物語を膨らまして夢想し、人間が写真の中で今だ息づいている「何か」、そこからインスパイアされた音楽――を作ってみようかと思ったわけです。 【シングル「郷愁と彼方の非線形」】 それが 「郷愁と彼方の非線形」 (Nostalgia and Beyond the Nonlinearity)というタイトル曲の企画。写真から迫り来る郷愁感を言葉で表すのと同時に、音楽でも表現してみようという試みです。 § 音源でまず選んだのはRoland TR-08。昨日、これを使って5分ほどのリズム・パートを作りました。ここにあと2パート程度のシンセ(おそらくYAMAHA MOXF6を使用するであろう)を付け加え、もしかするとさらにヴォーカル・トラックも加えられるといいのですが、ともかくシンプルなアレンジで、言わばひんやりとしたチル・ウェーブのようなものができれば…。そういう方向の曲を作ってみようと思ったわけです。TR-08ってちょっと熱量高めなサウンドだから、チルに合わないのではないか、という個人的な懸念も、何とか払拭したい。むしろTR-08をチルの王様に仕立て上げたいのです。 昔は“ヤオヤ”と呼ばれたTR-808(1980年発売)の原型を、21世紀に完全にリプロダクトしたRolandのBoutique TR-08。私は過去にオリジナルの“ヤオヤ”を使ったことがないので比較することができないのですが、当然808はもっと重くて大振りな機材だったから、このコンパクトにまとめられたTR-08はかなり高品位に収斂した使い勝手の良いものだと

羊とグアナコ―その刹那の遊宴

【「Sheep and Guanaco」のオーディオ・クリップ】 去る11月5日、 自己批判ショー で活躍中の紺野秀行さんに、“カズー”(Kazoo)と“サイレン・ホイッスル”(Siren Whistle)の楽器で即興演奏をしてもらい、レコーディングをおこないました。曲名は「Sheep and Guanaco」と言います。アルバム 『Gの洗礼』 収録曲となる予定です。 昨年の4月に紺野さんには、カスンケを演奏してもらいレコーディング( 「紺野さんのカスンケ―そのアフリカンなリズム」 参照)しましたが、今回どんな楽器でどんな演奏をしてもらうのか、事前にほとんど打ち合わせしませんでした。私はアフリカン太鼓を想像していましたけれども――。レコーディングの日の夜、Pro Toolsを立ち上げ、マイクロフォンをセッティングして待機していたところ、紺野さんが現れ、カズーとサイレン・ホイッスルを取り出したので、ちょっとびっくり。でも、そのままそれで即興演奏をしてもらいました。マイクロフォンは、SHURE PG56です。 こうした状況でオールマイティな成果を発揮してくれるダイナミック型のマイクロフォンPG56は、非常に助かります。あらゆる楽器に対して万能とも言えます。“カズー”は、もともとアフリカの楽器だそうで、分類的には膜鳴楽器となります。 日本では昔からブーテキという名で知られていますが、子供の頃、セロハンを唇に付けて震えさせて音を出して遊んだ人もいるでしょう。あれと同じです。私は、トランシーバー(無線機)の対話を真似して遊んだことがありました。実際、そういうトランシーバー型のオモチャがあって、マイクに当たる部分には、セロハンが張られていたのです。確かに、セロハンに反射した音は、複雑に響いて交信の際のノイズのようにきこえます。 それから“カズー”と言うと、個人的にはシュガー・ベイブの「すてきなメロディー」を思い出します。この曲の2015 Remixヴァージョンでは、幻のテイクだったカズーのパフォーマンスを聴くことができるのです。 【プリアンプとして使用したNeve 1073】 「Sheep and Guanaco」では、このカズーの即興演奏の中で、途中で相づちを打つように入ってくるのが、サイレン・ホイッスルの、まさにとぼけたサイレン音。紺野さんはこの2つの楽器を、顔の目の前で相

「Zoo Bee Doo」―それは幸福のための未来への喜び

【Cubase画面。「Zoo Bee Doo」の主要なパートのシーケンス】 当ブログの更新が夏からしばらく途絶えてしまったことをお詫びいたします。アルバム 『Gの洗礼』 は目下、いい感じで制作進行中。たとえば普段、南米のフエゴ諸島のあたりを自前の(ちょっと古い)地図で眺めていると、何かしらアイデアが浮かぶことも。アルバムの中身に関しては、前回の 「アルバム『Gの洗礼』は空前絶後の大傑作アルバムに?」 もご参照ください。 今回はアルバム収録曲の一つとなる「Zoo Bee Doo」(ズービードゥー)という曲について紹介したいと思います。 「Zoo Bee Doo」――この“ズービードゥー”というのは、儀式のおまじないのスキャットのようなもので、本当はセルクナム族の言葉ではありません。“ズービードゥー”はあくまで私がこの曲の歌詞として考案した造語です。 ただし、本当の話、セルクナム族の末裔の女性が遺したハインの儀式の詠唱(セルクナム族のシャーマンであったロラ・キエプヒャによる1966年の録音)を聴くと、鳥(おそらく梟)の鳴き声をモチーフにした詠唱のフレーズの反復があり、なんとなくそういったフレーズの断片を聴いていると、“ズービードゥー”の造語もさほど違和感はないように思われます。「Zoo Bee Doo」という曲に課せられた音楽的構成は、こうした詠唱が元になっています。セルクナム族のそれをまったく真似してスキャットにするのではなく、あくまでそれは叩き台として参考にし、自分なりのアレンジに仕立て直したものとしてです。 § 【信頼のおけるUVIのFalcon。ちょっとヴァージョンの古い画像】 先日、この曲の主要なパートの打ち込み作業をおこないました。実際的な作業は、Cubaseを使って個々のパートの演奏のMIDIデータの記録ということになります。エレキギターのフレーズを取っ掛かりとし、それに合わせてアコースティックギター、シンセ・ベースを加えていくといった順でベーシックな構成がかたちとなっていきました。 おそらくこの曲は、アルバムのいちばん後ろに置かれるべき曲になるのではないかと思っています。何故ならこの曲には、我々一般人の感覚からしても、日常に降りかかる困難からの、「愛や言葉による克服」といった“明るい兆し”が感じられるからです。今アルバムにはこうした民族や文化圏を越えた、